自分の非。相手の非。「正当性」も「否定」もいらない。

人間観/哲学/教育論
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どうも〜!Joe満(ミツル)です。

生きていく上で、必ずと言っていいほどにぶち当たる「もめごと」

自分自身がその渦中にいることもあれば、身近な人の周りで巻き起こっていたりもします。

人生からは切っても切り離せないものなのかもしれませんが、できることなら避けたいですよね…(^ω^;);););)

もめごと…(^ω^;);););)

今日は、そんな「もめごと」を回避出来ないかなー。と考えて、記事を書いていきます!(´∀`)♪♪

色んな「もめごと」

夫婦間、親子間、兄弟間、親戚の間、先輩後輩間、友人間、職場・・・挙げるとキリがありませんが、人間関係において「もめごと」は着いて回ります(^ω^;);););)

きっと自ら進んで「もめたい」と思っている人は、ほとんどいないはずですが、何の「もめごと」もないっていう人もほとんどいないのが現状かと思われます…(´・ω・`)

ここで一つ言えることは、「もめる時には、相手がいる」ということですね。一人だけでもめることはないと思います。

ただし、「もめごとに巻き込まれる」形で、もめごとのある人間関係の輪に入ってしまうこともあるかもしれません…(^ω^;);););)こんな時は、アドラーの「課題の分離」が有効ですね。

「相手の課題」に踏み入らない。「自分の課題」に踏み込ませない。

この二つは非常に大切かと思われますっ!!

「自分の非」「相手の非」

よく「自分の非を、認められる人になりましょう」などと、耳にしますが、コレって自分が悪いこと前提ですよね(^ω^;);););)

「もめごと」になる以上、「自分には非がない」と思ってるはずなので、「自分が信じていることを曲げる」ことになります。あまり良い事ではないですよね…。

「非」とは何か?

「是非(ぜひ)を問う」などと言ったりしますよね。ここからも分かるように「是」と「非」は対義語となります。

  • 是・・・道理にかなっている。正しい。
  • 非・・・道理に反する。正しくない。

「非を認める」とは、「”正しくない”ということを認める」ということですね。

もめごとの中で、「折れてやった」ということも聞きますが、これは、

「全く、納得してないけど、納得したフリをしている」ってことですよね?

つまりは、我慢しているということ。先程も言いましたが、あまり良いとは言えない結果です。

「自分の非」

自分の非って認める必要ありますかね?

そもそも自分に非がないと考えているからもめるのだと思います。あると思うなら謝るしかないですしね。

自分の考えには正当性があり、同時に、それに反した相手の考えには正当性がない。

と、思っているから、もめるのだと思います。

自分が本当に正しいと思っていることを、自分に嘘をついてまで曲げる必要は無いように思えます。

「相手の非」

個人的には、ここに最大級の「もめる原因」があると考えます。

先程もお伝えしたように「自分の非を認める」ことは、そう思えないのであればする必要ないと思います。

しかし、「相手の非」も同じように、「相手にも非はない」と認めてやらなければならないと思います。

「正しい」「正しくない」とか、「是」か「非」かなど、個人の中にしかないと考えるべきですよね。

「相手の非」をいくら追求したところで、「意味」はないと思います。せいぜい、相手に「我慢」させて、「納得したフリ」をさせることくらいしかできない気がします。

正当性と否定

自分の「正当性」を相手に主張することも意味が無いと考えます。同じように相手を「否定」することも無意味に感じます。

先程も触れましたが、自分が唱える「正当性」は、自分だけの「正当性」であり、誰も「否定」できないと思います。

相手が唱える「正当性」についても相手の方にとっては、変えがたい「正当性」があり、「否定」できないと考えます。

日本には法律というルールがあるので、日本に住む以上、そのルールに背けばペナルティが課せられるという事実は、前提にありますが…(^ω^;);););)

とあるネコの物語

ビーちゃん
ビーちゃん

私の分のちゅ〜るまで食べるなんて最低ね(҂˘̀^˘́)ง

クーちゃん
クーちゃん

目の前にちゅ〜るがあれば食うのは当たり前だろっ!オイラは悪くないねっ!!

クーちゃんにも、ビーちゃんにもそれぞれの「正当性」があります。お互いの「正当性」を主張しても、お互いの正当性を「否定」してもラチがあかないです。

ここで、互いに「正当性」を「否定して」受け入れられなければ…

ビーちゃん
ビーちゃん

あんな非常識な奴とは、一緒にいられない…絶縁してやるっ!

クーちゃん
クーちゃん

小さいことでグチグチ言いやがって…コッチから願い下げだっ!

感情的になってしまうこともあると思いますし、本当に受け入れられない場合もあると思います。そんな時は、関係を断ち切ることも必要だと感じます。

逆に、お互いの「正当性」を「否定せず」に、相手を受け入れられれば…

ビーちゃん
ビーちゃん

あんなヤツでも、大切な兄貴だからな…許してやるか…。

クーちゃん
クーちゃん

少し感情的になりすぎたな…大切な妹だから、謝らないと…。

自分の「正当性」を主張せず、相手を「否定」することもせず、ただただ、現状を踏まえ、相手を受け入れることもできると思います。それが自分の望むものであれば、我慢やストレスも感じずに選択できるとも感じます。

自分にとって本当に大切なものを見極める

やっぱり、最終的なところで重要なところは「自分にとって本当に大切なものは何なのか?」ということを追求することだと思います。自分の「正当性」を主張せず、相手を「否定」せず、事実をだけをみて、自分に真摯に向き合い、選択出来れば、「もめごと」を避けることもできるように思います(´∀`)♪♪

まとめ

毎度の事ながら、個人的な見解フルMAXでお送りしてきました!まとめマース!!

  • 「自分の非」を認める必要も意味も無い。
  • 「相手の非」も求める必要も、意味も無い。
  • 自分の「正当性」を主張する必要も、意味も無い。
  • 相手を「否定」する必要も、意味も無い。
  • 自分にとって何が大切なのかをしっかり考える。
  • 自分にとって本当に大切なものを優先する選択を、自分の意志で決定する。
  • 感情に引っ張られていないかを確かめつつ、相手を受け入れられなければ、相手から離れる。

「最終的な決定」は自分の意志ですることはめちゃくちゃ大切ですね。以前に記事にもしました。

相手を受け入れられない場合でも、ポイント的(一点)において受け入れられないだけで、全てでは無いこともあると思います。

その一点においては、納得できずとも、その他で尊敬できるポイントもあったりするものですよね(´∀`)♪♪

関係を断ち切るのは、熟考してからの方が良いかもしれません。

この記事が皆さんにとって何かの役に立てれば幸いです♪♪(´∀`)

コメント

音楽、大好き40歳男性。岡山県在住。専門学校講師。
中学入学と同時にギターを始める。今でも演奏するが、上手くはない。
趣味は、音楽制作や映像制作。暇さえあれば商品レビューを見ている。
映像・音響・照明などの裏方を生業にしている。
独りよがりな情報発信をしているが、結果的に誰かの役に立ちたいと考えている。
取得資格:舞台機構調整技能士1級、第二種電気工事士、秘書検定2級

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